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Apple Watchは完成形ではない。

  • KENTA TAURA

弊社代表が「Apple Watchメッチャいいよ。田浦(私)は全然Apple Watch様に感謝してないけど。」と書かれていたので、私の考えるApple Watchについても綴らせて頂きます。

結論から言うと、Apple Watchは便利だと思うし、完全否定ではない。
私は、パソコンもここ10年ぐらいはずっとMacを何度も乗り換えながら愛用しているし、iPhone6plus, iPad Retina, Time capsule, Apple TV, Apple Music などを愛用している紛れもないApple Loverだ。

ただ、今回のApple Watchについては、機能面でも期待していたほど満足はしていないし、正直スティーブ・ジョブズ亡き今、Apple製品の完成度が落ちてる感が否めない。

確かに、外出中に、メールやチャットを受信したときや、電話がなっているときなど、手首が振動してくれることで、着信に気づいたり、iPhoneをわざわざ取り出さずにノーティスを確認できるのは非常にありがたい。
社長は外に出ていることが多く、私は作業部屋にこもっていることが多いので、その分、そういった恩恵を毎日受けて、「Apple Watch最高」と叫ぶのも分からなくもない。

私は、ジムでトレーニングをしている時にフィットネスバンドとしての利用やiPhoneを持たずに音楽をワイヤレスイヤホンで聞きたくて、スポーツタイプのものを購入した。

しかし、スポーツ利用でのApple Watchにも正直満足できていない。

まず、消費カロリーの計算が信用できない。
トレッドミルで計測される消費カロリーとApple Watchで計測される値に乖離があるうえ、ウェイトトレーニングにいたっては、1時間程トレーニングしても、ほとんどカロリーは消化されない。
また、フィンガーグローブをはめてトレーニングをすると、グローブがApple Wathのボタンを押してしまい、頻繁に変な画面になったりと非常に邪魔だ。
サイズをゆるめと、センサーが腕から離れたとみなしロックがかかるうえに消費カロリーは全く計測されなくなる。

期待していた音楽についても、Apple Watchから音楽を聞くのはとても煩わしい。
しかもApple Watchの近くにiPhoneがなければいけないので、結局トレーニング中もiPhoneは持参しなければいけない。
Apple Watchに大容量のHDDが搭載されているわけでもネットでクラウドに接続されているわけでもないので、iPhoneのコントローラー的な使い方になるのは、仕方がない。
つまり、トレーニング目的としてもApple Watchには満足していない。

次に、見た目の問題。
私は、最新のテクノロジーが大好きだし、新しい価値観や新しいアイデアやサービスなど、とにかく新しいものが好きだ。
それと同時に伝統や歴史、アナログやハンドメイドで人間味のあるものも同じぐらい大好きだ。

前述の通り、私は生粋のマカーであり、Apple loverだが、あまりにもAppleが我々の生活を侵食しすぎるのもいかがなものかと思う。
これまでAppleが手がけてきたのは、いわゆるテクノロジーの分野だが、Apple Watchは明らかにその領域を超えてファッション分野にまで触手を伸ばしている。

しかも歴史のある時計業界に。

高級時計は男のロマンであり、有能なビジネスマンを象徴するアイテムと言っても過言ではない。
時計の良さは、職人の手で精密に作られたアナログ感にある。

Apple Watchの機能は便利でも見た目があまりにもデジタル過ぎる。

古き良きアナログを選ぶのも、デジタルのテクノロジーを選ぶの自由だが、私のようにどちらの良さも手にいれたい欲張りはどうしろというのか。
左手にApple Watch、右手にオメガといった、ちょっとおかしな本田圭佑のようなスタイルにしろというのだろうか。

はたまた、お金持ちの車のコレクションのように、平日はBMW i8を乗って、日曜日は1956年式のキャデラック コンバーチブルを乗るといったように気分によって、Apple Watchを付けろとでも言いたいのだろうか。

そんなはずはない。

時計のコレクターは気分によって、時計を変えるが、Apple Watchは「そのコレクションのひとつに私も入れてください。」というスタンスではない。

Apple Watchの主張は、こうだ。

「そんな古臭い時計なんてやめて、毎日私だけを着けて。」

毎日の消費カロリーをトラッキングしたり、電話に出たり、メールを確認したりと、Apple Watchとは生活の一部として機能し、iPhone以上に手放せないものになりうる。

つまり、Apple Watchを気分によって、つけたりつけなかったりすることは、はじめから想定されていない。 

そもそも、Apple Watchは、生活をより豊かにするのが目的のはずだ。

これまで、Apple製品は我々の生活を感謝しきれぬほど豊かにしてきた。

Apple Watchの良き所は、健康管理や着信を知らせてくれたり、メールやチャットの受信を知らせてくれること。

その目的は強く共感する。

しかし、その辿り着く答えが、「本当に時計なのか」ということに強い疑念を感じている。

もっとシンプルなアクセサリータイプのフィットネスバンドであったり、足首に装着するタイプであったり、他に解決方法はなかったのだろうか。

ロレックスやオメガと喧嘩する必要があるのだろうか。

HublotやPaneraiを選ぶユーザーは完全に見捨てて、彼らにはApple Watchが本来果たしたい目的をサポートしないのか。

「体調管理や通知を受け取りたければ、時計はApple Watchを選べ。」というのはあまりにも野蛮で傲慢すぎる。

他にもApple Watchに対する不満はいくつかあるが、要約すると、これはまだ「未完成」だということ。

冒頭に述べた通り、私はApple Watchの機能や目的に対しては完全否定ではない。

しかし、Apple Loverとしては、オススメもしない。

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